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福岡地方裁判所 昭和24年(行)34号 判決

主文

原告の昭和二十二年十月三十日付二二農地第二三八一号小作地引上許可処分に対する訴はこれを却下しその余の原告の請求はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告が蔵園重敏宛為した昭和二十二年十月三十日付二二農地第二三八一号小作地引上げ許可処分(以下原処分と略称する)及び原告の再審議の申請に対し昭和二十三年十一月九日付二三農地第四七〇三号を以て為した右小作地引上げ許可処分はこれを変更しない旨の処分(以下後処分と略称する)はいづれもこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、別紙目録(一)(二)記載の農地は原告が蔵園重敏から賃借耕作中のものであるところ、被告は右蔵園の申請により昭和二十二年十月三十日原処分を以て、別紙目録(一)記載の小作地引上げを許可したので、原告から被告に対し原処分の取消を求める為、昭和二十三年七月二十九日再審議の申請をしたけれども同年十一月九日被告において原処分はこれを変更しない旨の後処分を与えた。然しながら右の処分はいずれも農地調整法施行令第十一条の規定に違反する違法のものと思料する。

即ち蔵園は農業協同組合に奉職し、同人方の農業專従者はその妻一名であつて現在本件の小作地を除き、田三反十七歩、畑一反一畝五歩を耕作しているので、その農業経営能力は既に飽和点に達しているものとみるべく、又必要なる農機具その他の設備もないのに反し、原告方は家族七名を擁して充分なる耕作能力を備え耕作に必要なる農機具その他の設備も申分がないので、本件の小作地は蔵園方をして耕作せしめるよりは全部原告方をして耕作せしめる方が遙かにその生産力を高める所以であり、而も蔵園方の生活は安定していて必ずしも本件農地を必要としないのに反し、原告方は本件小作地の耕作が唯一の生活維持の基本であつて若しこれを失うことになれば忽ちその生活に重大なる打撃を蒙るのである斯様に本件の処分はいずれも違法たるを免れないから、茲に原告はその処分の取消を求めるため本訴に及んだ。なお原告が原処分のあつたことを知つたのは、昭和二十三年七月下旬であると陳述し、被告の答弁に対し本件の原処分に対する再審議の申請は、その不服申立であり被告の為した後処分はこれに対する裁決に該当するから、従つて原処分に対する出訴期間は当然に右後処分の日から起算せらるべきである。仮りに右再審議の申請が行政事件訴訟特例法第二条の所謂訴願に当らないとすれば被告においてよろしくこれを却下すべきが相当であり、これを却下することなくして原処分の実体について審理を遂げ、後処分を為した以上、矢張り行政事件訴訟特例法第五条第四項の規定の適用があるものといわねばならないと述べた。

被告指定代理人は先ず原告の請求却下の判決を求め、その理由として、請求の趣旨によれば本訴は被告の為した原処分及び後処分の取消を求めるというに在るが(一)農地調整法第九条第三項の規定にもとずく処分取消の出訴期間が処分のあつたことを知つた日から六ケ月、又は処分の日から一ケ年であること、行政事件訴訟特例法第五条の明定するところであつて、若し原告がその自陳する如く、昭和二十三年七月下旬原処分のあつたことを知つたとするならば、その出訴期間は当然その時より起算して六ケ月であるべきところ、本訴が提起せられたのは既に六ケ月を経過し而も処分のときから一ケ年以上を経過した昭和二十四年三月十五日であるから、本訴は正にその出訴期間を遵守せざる不適法のものたるを免れず、(二)又本件の再審議申請なるものは単に事情を具して、行政処分の自発的取消又は変更を求めるところの一種の陳情であつて、公法上権利として認められているものではないから、斯る申請があつたからといつて、行政庁たる被告において必ずしも何等かの処分を為すべく拘束を受けるものではないが被告としては原告の利益を考慮し出来得べくんば原処分を取消すべく自発的に原処分の再検討を為したけれどもこれを取消又は変更すべき何等の事実をも認められざりしを以てさきに為した原処分はこれを変更しないこととし、後処分を以てその旨を原告に通知したに過ぎずこれによつて新に原告の権利義務に何等の影響おも及ぼすものではないから本件の後処分の如きは取消訴訟の対象たる所謂行政処分には該当しないものと解すべく、従つてその取消を求める原告の請求の理由なきこと明であると述べ、次で原告の請求棄却の判決を求め、答弁として請求原因事実中原告が蔵園重敏から別紙目録(一)(二)記載の農地を賃借耕作していること、被告が蔵園の申請により原処分を為したこと、原告の再審議申請により原告主張の如き後処分を為したことは認めるが、その他の原告主張の事実はこれを否認する。蔵園重敏方は純農として充分なる農耕の経験があり、農機具その他の設備は勿論役牛一頭を所有し本件小作地を引上げて耕作するにつき充分なる管理能力があるに反し、原告方は十数年来瓦製造業を本業とし、そのかたわら昭和二十年四月頃から農業を始めたもので、農耕の経験浅く、役牛の備えもないから本件小作地は原告方をして小作せしめるよりはむしろ全部蔵園方をして耕作せしめる方が遙かにその生産力を高めることになるのである。又原告方は右の如く瓦製造業が本業であつて、現在は原土の減少の為多少その規模を縮少しているとはいえ本件の小作地を失うことによつてその生活に一大恐慌を来すものとは到底認め難いから被告の処分は適法であり、原告の本訴請求は失当であると述べた。

理由

先ず原処分に対する訴の適否につき調べるに、その出訴期間が処分のあつたことを知つた日から六ケ月又は処分の日から一ケ年であることは、行政事件訴訟特例法第五条の明定するところであるところ昭和二十二年十月三十日為された原処分を原告は昭和二十三年七月下旬に知つたというのであるから当裁判所に顕著である本訴の提起せられた昭和二十四年三月十五日には既に右知つた日から六ケ月を経過していること明白で、従つて本訴は出訴期間を遵守せざる不適法のものたるを免れない。原告はこの点について原処分に対しては再審議の申請によつて訴願を為し、被告において昭和二十三年七月九日後処分によつてこれに対する裁決を為したから原処分に対する出訴期間は当然その裁決のあつた日から起算して六ケ月である。若し右再審議の申請が行政事件訴訟特例法にいう訴願に当らぬとすれば被告においてはこれを却下すべきが相当でありこれを却下することなく原処分の実体について審理を為し、後処分を与えた以上矢張り行政事件訴訟特例法第五条第四項の規定を適用すべきである旨主張する。然しながら同法に所謂裁決というのは法令の規定により制度として認められているところの不服申立に対し行政庁が公法上の義務として為すべき裁決決定その他の処分を汎称するものと解するを相当とすべく、農地調整法第九条第三項の規定による処分に関しては特別の法令にも、訴願法にも何等不服申立に関する規定が存しないので、本件の再審議申請の如きは制度として認められているところの不服申立とは称し難く、従つて斯る申請があればとて行政庁として何等かの処分を為すべく義務付けらるものではないが故に偶々被告が本件の後処分を為したればとて、これを目し所謂裁決と認め難いこと勿論である。換言すれば本件の原処分は所謂特別訴願事項にも一般訴願事項にも該当しないからこれに対する再審議申請が所謂訴願に当らないことは明であり、従つてこれに対する本件の後処分が裁決に該当しないことも勿論である。而も行政事件訴訟特例法第五条第四項の規定は同法第二条の規定が訴願前置主義の立前をとつて一方出訴については訴願手続を経べきことを要求しながら他方その出訴期間を原処分の時から起算すべきものとすれば、訴願手続を経る為相当の期間を要し場合によつてはその為六ケ月を経過することもあり得るから斯くては不当に国民の出訴権を奪うことになる結果、法令の規定により訴願手続を経べき場合には特にその裁決のあつたことを知つた日から出訴期間を起算すべきものとなす特別の規定であつて、直に出訴を為し得べき場合には勿論その規定の適用なきものと解するを相当とすべく、本件の原処分については直に出訴し得べきこと前説明により明であるが故に、その出訴期間について同規定の適用なきこと明白であり、偶々原告が法令に根拠なき再審議の申請を為し被告が後処分をしたればとてその後処分の時から原処分に対する出訴期間を定むべしとする何等の根拠も存しない。よつて原告の前記主張は理由なきものとして採用し難い。

次に原告の後処分に対する請求について考えるに、行政処分というのは行政庁から公共団体又は国民に対して行う公法上の法律行為又はこれに準ずるもので、是等の者の権利義務に公法上の法律効果を及ぼすものを謂うものと解すべきところ、本件の後処分は小作地引上げの許可処分を変更しないというだけのものであるからこれによつて新に原告の権利義務に具体的な何等の公法上の法律効果をも、もたらすものではないから、これを目し取消訴訟の対象たる所謂行政処分に該当するものとは認め難いから、その取消を求める請求は既にこの点において失当である。

よつて原告の原処分の取消を求める訴はこれを却下すべきものとし爾余の請求はこれを却下すべきものとし訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。(福岡地方裁判所)

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